クラウディウス・ポペリン
ポペラン=デュカールは1825年にパリで生まれ、画家、七宝細工師、叙情詩人、翻訳家として活躍した。当初はフランソワ=エドゥアール・ピコとアリ・シェフェールに師事して絵画を学び、その後文学へと転向した。歴史画や肖像画を得意とし、その作風は師であるシェフェールを彷彿とさせる。
1858年に結婚し、息子を一人もうけた。1883年、それまで1546年に短縮版しか翻訳されていなかったイタリア・ルネサンス期の『ヒョネロトマキア』の完全版、注釈付き、解説付き翻訳を初めて出版した。また、パリのサン=ソヴール通りに工房を構えていた七宝職人のソワイエ家にも影響を与えた。彼の詩は個別に発表され、1889年に詩集にまとめられた。 完全な詩。
彼はマティルデ・ボナパルトと再婚したと言われているが、彼女はそれを拒否した。しかし、1892年に彼が亡くなった際、ある文献には、王女が愛する人のために祈りを捧げた葬儀の様子が記されている。
クラウディウス・ポペリン=デュカール
パリ(フランス)、1825年11月2日
パリ(フランス)、1892年5月17日
