ドゥ・コント。 (Le centaure picador. Le crepuscule d'un faune)
テキスト: ラモン・レベントス
SKU: TDP-picasso-pablo-60123
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本書には、マヤ・ピカソが本書を贈った相手に宛てた、フランス語の手書きの手紙が添えられている。
オリジナル版画作品。奥付に番号が記載されています。
作業説明
マラガ出身のこの画家は、友人であるカタルーニャの作家ラモン・レベントスの文章を挿絵として、ドライポイント技法を用いた版画を4点制作した。
ラモン・レベントス(1882-1923)は、バルセロナの「エルス・クアトレ・ガッツ」サークルの一員であり、モダニズム雑誌『ルス』や、風刺的な共和主義出版物『パピトゥ』、『ピカロル』(短期間編集も担当)、『レスケラ・デ・ラ・トラチャ』などに寄稿した。レベントスと弟のハシントは、画家アンヘル・フェルナンデス・デ・ソト(1882-1938)を通じてピカソと知り合い、二人ともピカソと親密な関係を築いた。レベントスは、ピカソに関する最初の記事の一つである「ピカソについての覚書」を1898年に新聞『ラ・バングアルディア』に寄稿した。ピカソもまた、レベントス一家が主催する集まりに頻繁に出入りしていた。二人の関係は強弱を繰り返したが、ラモンが1923年に亡くなるまで続いた。その後、ピカソは自身の作品が忘れ去られないよう尽力した。パリに滞在していたピカソは、強制的な亡命と自らの意思による亡命が半々という状況の中で、フェラン・カニャメレスと出会い、友人の作品をピカソ自身が挿絵を描いて出版することを提案した。
このアイデアは、 『二つの物語』バラバラのシートで構成された挿絵入りの本。ラモン・レベントスによる2つの物語と、パブロ・ピカソによる4点のオリジナルドライポイント版画が収録されており、パリのロジャー・ラクーリエールによって印刷された。作品は2枚の木製ボードで作られたケースに収められている。
作業の技術的な詳細
サポート:
表紙と裏表紙は木製で、布製の留め具が付いています。
版:
250部限定(ラナ紙に印刷され、21番から250番まで番号が振られた230部と、ヴェルジェ・ド・モンヴァル紙に印刷された組版20部)